OLDsと辻説法とインターネット

昨年、私の母校の東京外国語大学の卒業生を中心に作っている「東京外大九条の会」の依頼を受けて寄稿した文章をここに再掲します。私たちOLDsの基本的な考え方をあらためて確認しておきたいと思います。

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OLDsと辻説法とインターネット

極論すれば、の話だが、OLDsはネットがなければ存在しなかっただろう。少なくとも今ほどの存在感を持つことは決してなかったと思う。

だからと言って、OLDsの立ち上げ当初から私たちがネットを主たるターゲットにしていたわけでもない。私たちが考えていたのは、ともかくも自分たち自身が「自前の行動」(インテリ風に言えば「主体的行動」)を起こすことだった。

「巣鴨でやってみっか」

それまでも総がかり行動実行委員会の呼びかけた国会前集会や座り込みにはほぼ連日のように参加していたし、SEALDsの渋谷ハチ公前の集会にも出かけた。でも参加しているうちに、「自分たちは他の人たちの努力によって準備された舞台で踊っているだけじゃないか」という気持ちがしだいに強くなってきたのである。Facebookで「いいね」のボタンを押しているのと大して変わらないじゃん、というわけだ(意味分かりますか?)。

そうした中、一体どうしたものかなあと数人の親しい仲間とチャットをしているうちにひょっこり浮かんできたのが「巣鴨でやってみっか」というアイディアである。SEALDsが「若者の街」たる渋谷で街宣をやるのであれば、自分たち高齢者は「お年寄りの街」巣鴨でやるっきゃないだろう。

「え? まじで?」なんていう反応もあったように記憶するが、まさに瓢箪から駒、「じゃあ一つやってみっか」ということになったのである。

ということで、きっかけはチャットだった。その意味でもOLDsはネットの産物なのである。

「警察の方はどうする?」「今度巣鴨警察署に行って確認してくるよ」「こっちは拡声器(当時は「トラメガ」という用語さえ知らなかった)を調達しよう」「配るチラシはどうする?」といった具合で(これもチャットで)、結局、7月11日に第一回目の宣伝活動をやることになった。

本当は地蔵通りでやりたかったのだが、地元の商店街連合に相談にいったところあっけなく断られた。そこでやむなく巣鴨駅頭を舞台に、手作りの横断幕をバックに通行人に訴えることにした。初回に集まったのは10人。その時の模様はビデオで撮影しOLDsのブログにアップしたので参照してください。(https://antiguerraolds.wordpress.com/)

当初、こうした活動の模様については、僕が以前から個人で開設していたFacebookで報告していた。それに対して十数人の人たちから「いいね」やコメントが寄せられた。その中には、直接面識がない人たちも少なくなかった。こうしてネット上に、きわめてちっぽけな広場が新しく一つ生まれたわけである。

イメージが自己増殖

だが大きな転機となったのは、知人からの助言を容れて7月末にOLDsのグループとしてのページを新設した時である。それをきっかけに突然、入会申請が次々に来始め、あっという間に会員数が100人を超えてしまった。おそらくはFacebookのシェア機能(Facebook上での友人に情報を広め共有する機能)やツイッターなどでネズミ算式に、しかも猛烈なスピードで情報が広がっていったのだろう。

なぜ話題になったのかと言えば、恐らくは、「OLDs」というグループの名称であり、「巣鴨」という地名であろう。誰もが「SEALDs」 —「渋谷」を連想し、同時に両者の間の微妙な対照におかしみを感じたのではあるまいか。

入会申請の増加にあわせて、OLDsの活動への期待やさまざまな注文も寄せられ始めた。そして何よりも、OLDsのイメージが自己増殖していく兆候が見られ始めた。あたかも多数の高齢者世代が大挙して立ち上がったかのようなイメージで受け止められているようだった。

「これはまずい」と思って急遽作成したのが以下の告知文である。少々長いが、OLDsのいわば「組織論」「運動論」についても述べているのでそのまま引用したい。

正直かなり戸惑っています。

それまでは私のFacebookのページを中心に、以前から知り合いだったほんの数人でやりとりしながら活動を進めていたのが、数日前にOLDsのページを作成したところ、突然、何人もの方々からメンバー申請がどっと来始め、今や100人を越えてしまいました。

さらに新聞の取材を受けて、OLDsについて「OLDsと若者の共闘」なんてタイトルの記事が掲載されたりする。

そうなると、OLDsのイメージが膨らみ始め、今や高齢者世代の代表であるかのように見られ始めてすらいる。

しかしそれは実際とは違います。

やはりこの時点でもう一度、私たちが誰であり、どのような立ち位置にあるのかを述べておく必要があるな、と感じてこの記事を書いています。

OLDsの実体はせいぜい10名程度の60代、70代の高齢者です。いずれも顔見知りです。そしてやっていることは、毎週土曜日の夕方、巣鴨駅で反戦争法案の呼びかけをやっていることぐらいです。それ以外に、それぞれが勝手にあれこれの集会にプラカードを担いで出かけていきますが、別にグループの活動であるというわけでもない。それだけです。まずそのことを心に留めておいていただきたいと思います。

現在、グループのメンバー数は100人を越えていますが、それだけの構成員をもった集団が存在している、とは考えないでください。Facebookについて私はあまり詳しくありませんが、メンバー申請をしていただいた方についての私のとらえ方としては、「お、やってるね、がんばってな。俺も俺なりにやっていくからな」と言いながら、激励に肩をぽーんと叩いてくれた人、ぐらいの気持ちなのです。

そして「ああ、巣鴨にもこういう活動をやっている仲間がいるな、じゃ、俺は俺で自分の所で一つやってみっか」と思っていただければ、それでOKなのです。日本の(そしてまた外国も含めて)さまざまな場所で、同じ時代の空気を吸いながら、そして心の中で何かしら思いを共有しながら、そのことに元気づけられ、自分の居場所でもうちょっと努力してみようかと思っていただくこと。それが少なくとも私にとってのグループのメンバーの存在の意味なのです。

ですから私たちの活動のためにメンバーに何か(労力やお金など)を期待するつもりはまったくありませんし、また逆に、私たちに私たち以上のものを期待されても対応することはできません。

くりかえします。それぞれが自分の持ち場でそれなりにがんばっていくこと、そしてそうした人々が自分の他にもいることを知ることで少し元気になること。OLDsの存在はそれ以上でもそれ以下でもありません。

ネットの威力と恐ろしさ

この経験は、ネットの持つ威力、影響力の大きさと同時に、その恐ろしさ、問題性をもまた見せてくれた。

実働メンバーが10人に満たない高齢者のグループの存在と活動など、もしもネットがなかったとしたら洟もひっかけられなかったことだろう。大東京の片隅で、土曜日の午後、数人の老人たちが集まって、何やらよろよろ動きまわったあげく、1時間後にまた散っていく、というだけの繰り返しだったろう。それがネットに乗ったとたん、高齢者世代の代表のように見られ始め、扱われ始める。

一方で現実のリアルな世界があり、他方でネット上にはバーチャルな世界が広がっている。その際、前者こそ本物であり、後者は虚像であるといったとらえ方はもはや有効性を失っている。たとえ「虚像」であってもネットでの情報やイメージは現実世界に生きる人々の心を動かし、場合によっては行動をも引き起こす力を持っているのだから。重要なのは、リアルな世界と同様、バーチャルな世界においても、その特質をしっかりと見据えながら、誠実かつ自己抑制的に意識して振る舞っていくことだろう。

触媒としての役割

OLDsは当初、戦争法案の決着がつくだろう9月には解散することを考えていた。しかし、10月初め、コアメンバーが集まって話し合った結果、これ以降も活動を続けることを決めた。OLDsがこの数ヶ月の間に獲得した「知名度」は、今や戦争法廃止に向けての闘いの中でひとつの財産として守り、維持していく責任がわれわれにはあると考えたからである。

比較するのはおこがましいが、その点でSEALDsとOLDsには共通するものがある。

10月15日、学者の会とSEALDsが共催した集会で、中野晃一上智大学教授はSEALDsの役割について概略次のように述べた。「SEALDsのメンバーは決して多くはない、そうした中でSEALDsが果たしているのは一種の触媒作用なのだ」。

同じ事はOLDsにも言える。先ほど引用した文章にもあるように、われわれが望んでいるのはグループのメンバー数拡大ではない。われわれの活動に触発されて、1人でも多くの人が自分で行動を起こし始める、そのためのきっかけになることである。

強調しておきたいのは、この触媒作用はネットがあって初めて可能になった、ということである。OLDsを始めた時点で、私たち自身はネットの持つ力にたいして注意を向けていなかった。しかしこの間の経験を通して、ネットの力によって触媒としての役割を自分たちが果たすようになっており、それに伴う責任を担っていることに気がついたのである。

と同時に強調しておきたい。OLDsは単なるネット上の存在ではない。毎週土曜日の午後の1時間、「おばあちゃんの原宿」である巣鴨駅頭において、手作りの横断幕を広げ、これもまた手作りの多種多様なポスターを掲げて、「戦争法廃止、アベ内閣退陣」を訴える活動を行っている。このささやかな、しかし継続的な活動こそがグループの心棒として一本ずどんと貫いているのである。

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